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エビちゃん日記
- 雑記その他
終戦から80年。
これまであまり
記念式典での首長の挨拶に
注目したことはなかったが、
今年8月6日の
湯崎英彦広島県知事の
挨拶には、ちょっとシビれた。
抑止とは、あくまで
頭の中で構成された概念
または心理、
つまりフィクションであり~
普遍の真理ではない。
このように表現した政治家が
これまでいただろうか。
僕は知らない。
またこうも語った。
自信過剰な指導者の出現、
突出したエゴ、
高揚した民衆の圧力、
あるいは誤解や錯誤により
抑止は破られてきた。核兵器廃絶は、決して
遠くに見上げる北極星ではない。
被爆で崩壊した瓦礫に挟まれ
身動きの取れなくなった被爆者が、
暗闇の中、一筋の光に向かって
一歩ずつ這い進み、
最後は脱け出して生をつかんだように、
実現しなければ死も意味しうる、
現実的・具体的目標です。
2017年のノーベル平和賞
授賞式で、サーロー節子さんが
語った体験談を引用して
メッセージを世界に発した
広島市長に、敬意を表したい。
また松井一実広島市長による
平和宣言では、
「平和文化」という表現があった。
「文化」とは自己撞着ではなく、
近隣と交流しながら洗練され、
創造されていくもののだろう。
そこではまた他者(異文化)への
想像力も育まれる。
芸術やスポーツを通じた交流は
その典型ともいえるわけで、
市民レベルでできる「平和活動」
があるのだと、
その意味を知事は訴えた。
一人一人ができる運動として。
広島の平和記念(長崎では「祈念」)
式典では、小学生による
「平和への誓い」も朗読された。
そのなかで
「過ちを繰り返さないために」
という一節があって、
保守派の政治家が
「自虐的歴史観だ」と反応した。
敗者が「過ち」を反省するのは
「自虐的で前向きでない」
と言いたいらしいが、
何がどうなって戦争が拡大
していったのか。
「過ち」は相互関係から生まれる。
子どもたちが国際レベルの
言葉として語ったとすれば
どうであろうか。。。
想像力の乏しい政治家は、危うい。
ここは子どもたちの想像力のほうに
軍配を挙げたいと、僕は思う。
ちなみにだけど、
原子力発電所は「核施設」である。
ここを攻撃されれば
核爆弾を落とされるのに等しい。
よってリスク対策が求められる
のだが、
これはテロ対策でもあるので、
その内容は「秘密」とされる
(つまり想定外ではない)。
したがって、本当に電力会社が
対策を講じられているのかは、
一般市民には秘匿されてしまうので、
本当に(どこまでリスク想定して)
対策ができているのかが、
内部関係者以外は分からない。
原発とは、どこまでも嫌らしく
「秘密」を持つ施設だと思う。
対策がどこまでできているのか、
僕は正直言って懐疑的である。
かつての「大本営」のようでない
ことを、祈るしかない。
「抑止力」とは、
「不信によるジレンマ」である。
「平和」への道は、別にある。
戦後80年の、個人的感想として
記しておきたい。
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